「ゆっくり茶番劇」の商標問題について
「ゆっくり茶番劇」の商標登録事件の概要
最近、ゲームのキャラクターから生まれたキャラクターをモチーフにした「ゆっくり動画」に関し、「ゆっくり茶番劇」を登録した権利者側から、この商標を使用して動画等をアップした場合使用料を徴収する、とのアナウンスが流れ、SNS等で話題になりました。
「ゆっくり動画」を作成する制作者等からの批判が殺到し、結局、この登録商標は権利者が自発的に抹消する方向で決着したようです。
この登録商標は以下のとおりです。
第6518338号: 「ゆっくり茶番劇」(2021.9.13出願、2022.2.24登録)
指定役務: 第41類
オンラインによる電子出版物の提供、インターネットを利用して行う映像の提供、インターネットを利用して行う音楽の提供、映画・演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営等
*特許庁の記録をみると、商標権抹消登録申請書がこの5月25日に提出されています。
この商標を商標上の観点で見た問題点
この商標については、商標法の観点では以下の2点が問題となります。
既に動画等で使用されているこの種の語句は商標として登録できるのか?
最初の問題は、「既に動画等で使用されているこの種の語句は商標として登録できるのか?」というものです。
これについては、この種の語句が動画の作成・配信等で広く使用されており、その結果、この語句を聞くと動画の内容がある程度イメージされる場合には、商標を使用するサービスの内容・質を示すものとして登録を拒絶される可能性があります(商標法第3条第1項第3号他に該当)。
また、当該分野の事業者によって広く使用されている語句が一事業者によって登録されると、他の事業者がもはや使用できなくなりますが、そのような登録は公の秩序又は良俗に反する、として登録が拒絶されることもなります(商標法第4条第1項第7号に該当)。
しかし、特定の分野で広く用いられている語句かどうかは特許庁の審査官が概して知らない場合が多く、結局、登録はすんなり認められるということになります。但し、第三者から異議申立や商標登録無効の審判の請求あると再度審理され、その結果、登録が取り消され、または無効とされる場合もあります。
「ゆっくり茶番劇」は動画には、使用許可ないかぎり使用できないのか?
2番目の問題は、『「ゆっくり茶番劇」は動画には、使用許可ないかぎり使用できないのか?』というものです。
すなわち、役務の提供(例:動画の配信)の出所を示すものとして使用する場合には商標としての使用に該当することになり、事前に権利者の使用許可が必要になります。この点、動画のタイトルに「ゆっくり茶番劇」を使用したり、動画のなかでせりふ等にこの語句を使用したりする場合は、役務の提供の出所元を示すものとしての使用とは言えませんので、「商標の使用」とはならず、権利侵害の問題は生じません。
但し、「商標としての使用」かどうかは微妙な場合もあり、一連の動画のシリーズのタイトルに使用した場合(例:「ゆっくり茶番劇:○○○○」(○○○○は各作品のタイトル)の名で配信)には、「商標の使用」と判断されることもあります。
なお、商標権は同一商標のみならず、類似する商標にも及びますが、種々の動画で「ゆっくり」の語句が既に広く使用されていますので、「ゆっくり動画」「ゆっくり解説」「ゆっくり劇場」などの語句は「ゆっくり茶番劇」には類似しないと言えます。
「ゆっくり茶番劇」商標登録のような事態にどう備えるべきか?
本事件は本件商標の権利抹消での決着となりますが、動画配信のニコニコ事業を展開する会社(株式会社ドワンゴ)では、これを教訓に「ゆっくり」関連語の登録を図り、他人による先取り登録を防止するようです。
商標未登録のリスクを認識する
株式会社ドワンゴのこの対応策の要因ともなりましたが、商標登録は早いもの勝ちの世界です。一旦、登録されるとその登録を消滅させる異議申立や無効審判請求の手続は費用も時間も相当かかります。
新たにビジネスを起こしたり、商品を販売したりする場合は、そのビジネス名や商品・役務名称を、いち早く、できれば使用開始の前に商標出願するのが望ましいです。その際、当該名称(その類似名称)が他人により既に登録されていないか事前に調査し、その使用が問題ないことを確認することも必要です。
商標登録していなかったことで、他人に先に登録されてしまった例は多々あります。商標では、その他人の商標登録の前に、単に先に使用開始したというだけでは権利侵害の追求を免れることはできません。
今日、商品やサービスの評判はインターネットやSNS等で短い期間に広まったりしますので、ますます自社商標は先に出願する必要性が増しております。ニックネームや略称も同様です。過去には、提携取引先や元従業員によって先に登録されるトラブルもありました。
他人による先取り登録を回避するため商標の早期出願・登録が必要ですが、これには一定程度の金がかかるのも事実です。しかし、他人により先取り登録された場合の対策に比べれば遙かに低額で済みます。
商標登録は保険ではなく、ビジネス展開のツール
先にみずから商標登録をすれば、後は、特許庁が同一・類似の商標の他人による登録を認めないことになるため、当該商標での自社のビジネスを安全にするだけでなく、紛らわしい名称での他人のビジネスも排除したり、抑制したりするといったメリットもあります。
決して、商標登録は「保険」ではなく、自社ビジネスを安全に、強固に展開するには必須かつ効果的なツールといえます。
今回の「ゆっくり茶番劇」事件は、動画のタイトル他で使用される語句ということで、商品や役務(サービス)の名称の典型的「商標」とはちょっと毛色が変わっていますが、商標は「早いもの勝ち」を肝に銘じておくべきですね。